日本軍、伊江島飛行場の破壊を命ずる

1944年から県内各地で軍用飛行場の建設が行われていました。本部半島西岸沖にある伊江島にも飛行場が建設されていましたが、1945年3月には米軍に施設を使用されないように使用不可とするため、飛行場の破壊が命ぜられました。飛行場の建設時には島の民間人も動員されており、飛行場の破壊をうけて多くの住民たちが動揺し、本部半島へ向けて逃げました。