今帰仁、本部、伊江の三村による
収容所での町村行政が開始

収容所生活がやや落ち着いたころ、三町村は収容所内で「大浦崎市」をつくり、それぞれで地区を分けて秩序を保ちながら生活していました。本部町内の各区は、初めは入り混じっていましたが、やがて区ごとにまとまっていきました。