収容所での学校教育が始まる

三町村(今帰仁、本部、伊江)と米軍の教育関係者の相談により収容所内の本部町に四校、今帰仁村に二校、伊江村に一校の小学校が開設されました。しかし教材や学用品は全くなく、授業は教員の記憶している知識に頼るしかありませんでした。また落ち着かない収容所生活の中で児童の出席状況は悪い上に確定した在籍数もなく、集まってくる児童を対象にするといった状態でした。

収容所内で再開された事業教育の風景